「電子化」する?しない?
電子帳簿保存法(電帳法)という法律が成立したのは1998年で、数年前に革新的なOS「ウィンドウズ95」が発売され、一般家庭にパソコンが行き渡り始めた頃のことでした。
それまで紙でしか保存が認められていなかった税務関係書類について初めて電子データによる保存を認め、そのルールを定めたのが同法でした。
その後のIT技術の目覚ましい発展に伴い同法もたびたび改正を重ねてきました。
その最新バージョンとも呼べるのが、22年1月に施行された改正電帳法なのです。
本日は、改正電帳法についてのお話です。
改正電帳法の現在までの流れ
改正電帳法は、企業のDXを推進するため、電子データの保存について従来よりも厳格な要件を設けたことが特徴です。
中小事業者も改正法の対象に含まれ、あらゆる規模の事業者が否応なく対応を求められるものだったといえます。
しかし結果からみると、「DXありき」で作られた改正法は、事業者の実態にそぐわないものだったと言わざるを得ないでしょう。
改正までの議論が拙速だったこともあり、施行日が迫っても、紙ベースでこれまで長年業務を行ってきた中小事業者の対応は進みませんでした。
結局、施行直前の税制改正大綱で2年間の「宥恕措置」が設けられ、実質的に改正電帳法のスタートは2年先送りにされました。
「宥恕」とは「寛大な心で許すこと」を意味します。
国の立場としては「本来はダメだが、お目こぼししてやる」ということなのでしょう。
そして宥恕措置がスタートして1年余が経過したというのが、現在の状況です。
そもそも改正電帳法とは?
ここで、改正電帳法の内容について簡単におさらいをしておきましょう。
前述のとおり、電帳法とは業務でやり取りする請求書や領収書などを電子データで保存するルールを定めたものです。
そして改正電帳法の最大の特徴として、それまでは認められていた、メールなど電子データ形式で送られてきた請求書や領収書を紙にプリントしたものを、今後は税務署類として認めないという点があります。
データを保存する際には検索性や真正性などを担保する必要もあり、中小事業者が改正法に対応するのは決して容易ではありません。
そこで22年度税制改正で導入された「宥恕措置」では、
①22年1月1日~23年12月31日までの2年間に限り、
②電帳法に定められた要件に従って電子データを保存することができなかったとしても、
③「やむを得ない事情」があり、
④税務調査の際にデータをしっかり提示・提出できるなら
法律違反とはみなさないとしました。
気になるのは「やむを得ない事情」の部分ですが、これについても事前申請などは必要なく、調査を受けた際に「対応状況や今後の見通しなどを、具体的でなくても結構ですので適宜お知らせいただければ差し支えありません」(国税庁FAQ)としており、実際にはかなり柔軟に適用を認めています。
国としては2年の猶予を与えているので、その間に電子化への対応を進めてほしいとの狙いがあったわけです。
しかしそこから1年が経過しても、状況は進展したとは言えないでしょう。
やはり、中小の現場では改正法への対応が進んでいない現状がうかがえます。
多少強引でも法律で先にルールを決めてしまえば実態は後から付いてくるという政府の目論見は、土台無理だったということでしょう。
「宥恕措置」から「猶予措置」でどう変わる!?
こうした状況を受けて最新の23年度税制改正に盛り込まれたのが、「宥恕措置」の後釜となる「猶予措置」です。
この猶予措置はどのようなもので、これまでの宥恕措置とは何が違うのでしょうか?
猶予措置とは、
①電帳法で定められた要件に従って電子データを保存することができなかったとしても、
②「相当の理由」があり、
③税務調査の際にデータのダウンロードの求めに応じ、出力画面をしっかり提示・提出できるなら
法律違反とはみなさないというものです。
細部に違いはあるものの、宥恕措置と同様に、要件を満たさなくても「相当の理由」があればこれまで通りの保存を認めるものと言ってよいでしょう。
では、これまでの宥恕措置とは何が違うのでしょうか?
まず一番大きな違いは、新たに設けられる「猶予」は経過措置ではなく、本則として規定された恒久的な措置であるという点でしょう。
改正法が定着するまでの場つなぎではなく、この猶予措置が適用できるかぎりは、紙保存がいつまでも認められるということになります。
次に、宥恕措置では要件として「出力書面の提示または提出の要求に応じることができるかぎり」とされていましたが、猶予措置では「ダウンロードの求めおよび(中略)出力画面の提示または提出の求めに応じることができるようにしているかぎり」に変わりました。
これまでは紙での提示・提出も認められましたが、今後は紙に加えてデータ形式でも渡せなければ要件を満たせないということになります。
「ダウンロード」と具体的に指示しているので分かりにくいようにも感じますが、クラウド形式でのデータ保存のみを指すわけではなく、実際には該当するデータを税務調査の場面で提示し、求めがあった場合には記憶媒体で提出することを指すようです。
そして、猶予を受けるための「やむを得ない理由」が「相当の理由」に変わった点にも注意が必要です。
これまでの「やむを得ない」理由では、事前申請などは必要なく、簡易な説明のみでの適用が認められてきました。
これが「相当の理由」になるとどう変わるのか、詳細は国税庁から今後示されるであろうFAQや通達による解説を待たなければなりませんが、猶予措置が設けられた経緯からしても、急に厳しくなることはないと思われます。
これまでどおり、電子化対応が難しい理由や進捗状況などを説明すれば認められるでしょう。
23年度税制改正で電帳法が大幅緩和!?
スケジュール通りなら、今年12月末をもって「宥恕措置」が終了し、間髪入れず来年1月1日からは恒久化された「猶予措置」が始まることになりそうです。
23年度税制改正では、他にも改正電帳法に関わる見直しが盛り込まれています。
一つは、電子化対応の中で最も高いハードルとされていた「検索要件」の条件が緩和されたことです。
改正電帳法では保存したデータについて、税務調査時に調査官が必要なデータをスムーズに収集できるよう、検索性の確保を求めています。
例えば取引年月日、その他の日付、取引金額、取引先ごとにソートできるようにするほか、日付や金額は範囲指定して絞り込めること、複数の条件を組み合わせて絞り込み検索できることなどが要件です。
これらの検索要件の確保が零細事業者では負担が重すぎるとして、これまでは売上高1千万円以下の事業者に限り検索要件を不要としていましたが、この対象が23年度改正で売上高5千万円以下の事業者まで拡大されることとなりました。
またデータの保存を行う人間の「確認要件」については、全面廃止されることが決まりました。
これまでの改正電帳法では、電子保存業務に関わる従業員にIDを付与し、データを保存した人員やその監督を行う人員が誰かを特定できるようにする必要がありました。
しかし実際の現場では、データ保存を各部署の従業員が一人ひとり行っていたり、外部の企業に電子保存をアウトソーシングしていたり、プログラムで自動化していたりと、確認要件への対応が現実的でないケースが多々ありました。
これを受け、確認要件そのものを廃止することが妥当だとされたのです。
さらに紙の書類をスキャナで読み取って保存する際の要件についても、見直しが図られています。
これまではスキャンした画像の解像度や大きさなどの数値情報も併せて保存することが求められていましたが、これについても数値情報の保存が全面的に廃止されることが決まりました。
電子化への取り組みによって改正法に対応していく場合でも、様々な面で従来よりもハードルが下がったわけです。
本日のまとめ
23年度税制改正で恒久的な猶予措置が盛り込まれたことで、中小事業者は電子化を焦って進める必要がなくなりました。
とはいえ、時代の流れとして電子化は経営存続のために欠かせない重要な要素であることに変わりはありません。
今年10月にスタートするインボイス制度によって、否応なく現場での事務負担が増すことを考えれば、業務の効率化や省コスト化を早急に検討しなければならないのも事実です。
焦らず、かといってなおざりにもせず、それぞれの経営規模に応じたペースで地に足の付いた電子化を進めていきたいところです。
なお恒久的な猶予措置が盛り込まれたことで、電子保存に厳格な要件を課していた改正電帳法は事実上「骨抜き」になったとも言えます。
あるベンダー企業の関係者からは「これで日本企業のDXは10年遅れる」とのため息混じりの声も聞こえているようです。
しかし事業者の電子化が重要施策であるなら、法律先行ではなく、現場の声を聞きながら着実に進めることが必要だったはずです。
そこを怠ったばかりに土壇場で制度が二転三転しているのは政治の失策であり、最大の被害者はその都度対応を迫られる中小事業者に他ならないでしょう。